和歌山市の南、小さな入り江に向かって山が迫るところが和歌浦(わかのうら)。その山腹に、朱と金と極彩色をまとった社殿が建っている。紀州東照宮——「関西の日光」と呼ばれるこの社の一年でいちばん大きな日が、五月の和歌祭だ。石段を駆け下りる神輿、街をゆく千人の行列、そして祭りの合間に眺める万葉の海と、港で食べるとれたてのしらす丼。この記事では歴史の話は最小限にして、見る・歩く・食べるの案内に徹する。玄関口は南海本線の終点、和歌山市駅から。
紀州東照宮 ― 108段の先に待つ極彩色
鳥居をくぐると、木立の中をまっすぐに108段の石段が上っていく。「侍坂」と呼ばれるこの石段を登りきったところに、朱塗りの楼門が現れる。門をくぐれば、極彩色の彫刻に埋め尽くされた唐門と本殿。左甚五郎の作と伝わる鯉の彫刻や狩野探幽の障壁画があり、楼門・拝殿・本殿など7棟が国の重要文化財に指定されている。日光東照宮を思わせる華やかさから「関西の日光」の名がついた。
1621年に紀州藩初代藩主・徳川頼宣が建てた社で、祀られているのは徳川家康と頼宣。歴史はこのくらいにして、見どころは細部にある。唐門の梁や柱の一つひとつに施された色彩、楼門の朱と木立の緑の対比、そして石段を下りきって振り返ったときの門の見え方。拝観は9時から16時、大人300円。祭りの日は境内が混み合うので、社殿をじっくり見たいなら別の日か、朝いちばんに登っておきたい。
和歌祭 ― 神輿おろしと、千人の渡御行列
祭りは午前11時、侍坂の上から始まる。担ぎ手たちの掛け声とともに、神輿が108段の石段を一気に駆け下りる「神輿おろし」。若葉の緑を背景に朱の神輿が転がり落ちるように下ってくる数十秒が、この祭り最大の見せ場だ。石段の下は早くから人垣ができるので、正面で見るなら1時間前には場所を取っておきたい。
正午、渡御行列が東照宮を出発する。太鼓、雑賀踊(さいかおどり)、薙刀振(なぎなたふり)といった思い思いの衣装と芸をまとう「渡り物」の一団に、時代衣装の人々が加わって総勢約1000人。県の有形文化財に指定された96面の仮面をつけた一団が通り過ぎるさまは、絵巻物が動き出したかのようだ。行列は午後4時ごろまで和歌浦の街を練り歩く。道幅の狭い通りを進むので、どこで見てもかなり近い。行列の進む先を少し先回りして待つのがコツで、同じ渡り物を角度を変えて何度も楽しめる。ルートや時間は年によって変わることがあるので、当日は公式の案内を確認したい。
和歌浦の風景 ― 玉津島神社から不老橋、片男波へ
東照宮のすぐ隣、歩いて数分のところに玉津島神社がある。和歌の神・衣通姫尊(そとおりひめのみこと)をはじめ「和歌三神」を祀る社で、境内には和歌浦を詠んだ歌の碑が並ぶ。社殿の裏手の小さな山・奠供山(てんぐやま)に登ると、入り江の全景が開ける。手前に玉津島の松、その先に片男波の砂嘴と海。万葉の歌人がここを詠んでから千三百年、地形はほとんど変わっていないという。祭りの日は朝のうちに参拝と御朱印を済ませ、この眺めを見てから東照宮へ向かうのがおすすめだ。
神社の前の川に架かるのが、石造アーチの不老橋(1851年)。和歌浦のシンボルで、水面に映る橋の丸い影は写真の定番。橋を渡って海側へ歩けば片男波。長く延びる砂嘴の先まで遊歩道が続き、夏は海水浴場としてにぎわう。時間があれば、さらに西の雑賀崎(さいかざき)へ。斜面に家々が段々に重なる漁村の風景は、近年「日本のアマルフィ」と呼ばれて人気が出た。夕方、西日に染まる入り江を眺めて祭りの一日を締めくくりたい。
和歌浦の味 ― しらす丼、和歌山ラーメン、加太の鯛
和歌浦の名物は、目の前の海でとれる「わかしらす」。和歌浦漁港の「おっとっと広場」では土・日・祝日に漁師の直売と食堂が開き、とれたてのしらす丼を600円ほどで食べられる。生しらす・釜揚げ・佃煮の三色丼や、まぐろ丼、鯛めしも。ゴールデンウィークには30種類以上の丼が並ぶ「丼まつり」が開かれるので、祭りの前後に立ち寄れば港の雰囲気ごと味わえる。
和歌山市に来たなら、和歌山ラーメンも外せない。豚骨醤油の濃い茶色のスープに細めのストレート麺、地元では「中華そば」と呼ぶ。テーブルに置かれた鯖の押し寿司「早すし」とゆで卵を好きなだけ取って、あとで自己申告するのが和歌山流だ。南海和歌山市駅の周辺やJR和歌山駅前に老舗が点在する。そしてもう一つ、南海加太線の終点・加太は鯛の町。紀淡海峡の潮に揉まれた天然の真鯛が名物で、港の食堂で鯛の刺身や鯛めしが味わえる。梅干し(南高梅)と有田みかんは、帰りの土産に。
南海電車で、もう一日
和歌浦への玄関口は南海本線の終点・和歌山市駅。大阪・なんばから特急サザンで約1時間、駅前から和歌山バスの「新和歌浦」行きに乗れば、紀州東照宮の「権現前」まで20分ほどで着く。せっかく南海で来たのなら、駅を起点にもう一日遊びたい。
駅から歩いて10分ほどで、紀州徳川家の居城・和歌山城。天守からは和歌山の街と紀ノ川が見渡せる。駅に戻って加太線に乗り換えれば、鯛をモチーフにしたピンクや水色の観光列車「めでたいでんしゃ」が待っている。2016年に走り始めた「さち」を皮切りに「かい」「なな」「かしら」「かなた」と仲間が増え、車内の吊り革やシートまで鯛づくし。終点の加太駅から歩くこと20分あまり、境内を埋め尽くす人形で知られる淡嶋神社へ。人形供養の社として全国から人形が集まり、毎年3月3日には海へ雛を流す「雛流し」が行われる。加太港からは友ヶ島への船も出ており、要塞跡の残る無人島を歩く半日コースも人気だ。
和歌山市駅からは和歌山港線で和歌山港へ出て、南海フェリーで徳島へ渡ることもできる。祭りを見て、城を見て、鯛の電車で海へ。南海線一本で、和歌山の五月はまだまだ続く。
和歌浦は、祭りの日にすべてがそろう。
午前11時、紀州東照宮の108段の石段「侍坂」を神輿が一気に駆け下りる。和歌祭最大の見せ場。正面で見るなら1時間前には到着を。
正午から午後4時ごろまで、太鼓・雑賀踊・薙刀振などの渡り物と約1000人の時代行列が和歌浦の街を練り歩く。県指定文化財の仮面群も必見。
玉津島神社と奠供山の眺め、不老橋、片男波の海辺。祭りの前後に歩いて、港のおっとっと広場でしらす丼を。
アクセスと基本情報
| 開催日 | 2026年5月17日(日)11:00 神輿おろし/12:00〜16:00 渡御行列(例年5月中旬の日曜日) |
|---|---|
| 会場 | 紀州東照宮(和歌山市和歌浦西2-1-20)と和歌浦一帯 |
| 拝観 | 紀州東照宮 9:00〜16:00、大人300円・小中高生100円(祭り当日は変更の場合あり) |
| 最寄駅・バス | 南海和歌山市駅・JR和歌山駅から和歌山バス「新和歌浦」行き約20分、「権現前」(紀州東照宮)または「玉津島神社前」下車 |
| 大阪から | 南海本線 なんば駅→和歌山市駅 特急サザンで約60分 |
| 料金 | 祭りの見物は無料 |
| 問い合わせ | 東照宮会館 073-444-0808(和歌祭実行委員会) |
よくある質問
あわせて訪れたい
東照宮の隣の玉津島神社は和歌の神を祀る小さな社で、裏山からの和歌浦の眺めが見事。南海加太線の終点・加太の淡嶋神社は人形供養で知られる。近畿の他の祭りや神社仏閣とあわせて巡るなら、関西特集ページもチェックを。